STUDIO LUMIERE  

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「 新しいカメラがほしい2014 」

パナソニック家電のCMのコピーが耳にのこります。
「イマドキの○○にはおどろきですよ。」
パナソニックに限らずとも日本製品の「いたれりつくせり」
には、本当におどろきです。その価格がまたおどろきです。
大方の製品がその高性能からして安い。安すぎる。そう思います。

まして日本の独壇場ともいえるカメラ、それこそ、もう、
「イマドキのデジタルカメラにはおどろきですよ。」なのです。
各メーカーの最上級機。価格だけ見れば軽自動車が買えそうな値段です。
でも、その性能からすると、メーカーが気の毒になるくらいのお買い得です。
ひと昔前のフィルムカメラ時代には、プロ用と称するカメラを手に入れたとして、
それだけでは仕事になりませんでした。
付随する機材の数々…露出計、カラーメーター、
大型のストロボに、ポラロイド用の機材、そしてフィルム代に現像料。
現像の待ち時間までお金に換算したら
総計は、高級車クラスとなってしまうでしょう。
周辺機材軽減、初期費用節減、いずれを見ても
イマドキのカメラ(デジタルカメラ)は優秀です。

「どのカメラがおすすめですか?」と聞かれることがありますが、
日本のカメラであれば、ハズレは無いように思います。
もちろん、何をどのように撮りたいのか具体的に決まっている人には
それなりのアドバイスはできますが、とりあえず最初の一台というなら
お財布と相談ではありますが、お店で見て一番気に入ったもので良いでしょう。
とにかく撮ってみる。写真を撮りたいという気持ちがおきた時に、
手元にカメラがなくてはどうしようもないでしょう?
ひょっとすると、みなさんが今から撮る一枚が歴史的名作となるやもしれません。

どれにしようかと悩む楽しみというものもあるでしょうが、
それはそれ。何台持っていてもその楽しみは半永久的に?続くのです。
だから初めの一台は一分一秒でも早く手に入れて、
最初の一枚のシャッターをスタートを、
できるだけ早く切ってほしいと思うのです。

かつて、土門拳(どもんけん)先生が
「カメラは安物で結構だ」と言っていたのも
きっと、そんな気持ちからではなかったでしょうか。
土門先生の熱い語り口には引いてしまう人もいるかもしれませんが、
たまには辛口の味付けも良いのではないでしょうか。
少し長くなりますが、その「カメラは安物で結構だ」よりの
抜粋を記し、皆様のカメラ選びの参考にしていただければと思います。

土門拳 写真作法 ダヴィッド社 より
「カメラは安物で結構だ」

中略~ アマチュアが職業写真家の真似をして、無理をし、背伸びをすることは、全く意味ない。それは趣味としても不健全である。
 何よりもいいカメラすなわちいい写真と結びつけて考えるメカニズムの幽霊を取り払うべきだ。一見合理的のように思えて、これほど意味のない考え方はない。もし仮にライカM3をもって現在の最高級のカメラであり、それが一番いい写真が撮れるカメラとするならば、ライカM3発明以前には、いい写真は一枚もなかったということになる。パンクロのフィルムも、大口径のレンズも、操作自在な35ミリカメラもなかったダゲール、ナダールの昔から、きわめて不完全で素朴なメカニズムのカメラや感光材料で、無数の芸術的な優れた写真が撮られ続けていることは、歴史の実証するところである。いい写真も悪い写真もすべてカメラのせいにするようなやつは、一世紀前の先輩に恥じていいのである。
 写真が写真としてみる人の胸を打つのは、モチーフを写真化した迫真性そのものにあるのである。その写真に凝縮された写されたものと写した人のヒューマニティに感動するのである。写真を見る人は、写真を見るのであって、写したカメラを見ているのではない。こんなわかりきった話はない。しかもなお職業写真家の一部やアマチュアの大部分の者がカメラやレンズにこだわるのは、メカニズムの幽霊にとりつかれているからである。それは見栄張った大人どものカメラごっこにすぎない。カメラは安物で結構だ。写りさえすればいいのだ。いい写真が撮れるか撮れないかは、こっちの問題だ。人間の主体性 ヒューマニズム がこっちの胸に火と燃えているかいないかの問題だ。カメラという名の冷たいガラス玉と真鍮の弁当箱とセルロイドの薄板の合成物をどう生かすかは、まったくヒューマニズムの問題だ。( フォトアート 昭和31年5月号 近代写真講座 )
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近所のリサイクルショップで105円でした。
ちゃんと写ります。
これでもいいってことですよね?
先生。
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by mooriyan | 2014-03-23 19:46 | mooriyan

「 HAND&SOUL という生き方 」

ハンドは手、手をうごかす手仕事。
ソウルは魂、精神。魂を吹き込み、いのちをあたえる。
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鎌倉の銭洗弁天さまのほど近く。
切り立つ崖の下に貼り付くように、小さなかわいいお店があります。
お店に並ぶのは、ジイジこと鎌田豊成さんとバアバこと内藤三重子さんの
手仕事による作品たち。単にモノそのものでなく、モノに吹き込まれた
作り手のあそびや、願い、魂。
そうしたものに触れる楽しみを与えてくれるお店。

机の上、出窓、部屋の片すみ。そこに在るだけで
その場の空気を楽しいものにしてくれる。
枯れることなく湧き出る、万年筆ならぬ万年出汁。
そうか。「モノが在る」って、こんなに楽しいことなんだ。
そんな喜びを手に、心に、与えてくれる存在なのです。

みなさまも、お店にいらして、ぜひ、
ジイジとバアバのSOULに触れてみてください。

そんなHAND&SOUL のバアバの本が出版されます。
「 グランマの手作り人形 」  内藤 三重子
主婦の友社 ISBN978-4-07-292178-4  価格1600円
興味の湧いた方はぜひ、手にとってみてください。
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HAND&SOULへのごあんない
Atelier Shop HAND & SOUL
開店:金曜日、土曜日、日曜日 11時〜18時
所在地:鎌倉市佐助2-15-12 Tel:0467-23-0530
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ブログは http://handsoul.exblog.jp/ です。
ちなみに、このブログの外部リンクからもサーフィンできます。
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by mooriyan | 2014-03-14 08:14 | mooriyan

「 翁の犯した罪と罰 」

みなさんは「かぐや姫の物語り」をご覧になりましたか?
綺麗で高畑監督ならではの作品でした。
サブタイトルの「姫の犯した罪と罰」には
いろいろと考えさせられました。

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竹取物語は「竹取の翁(おきな)」の物語りで、翁が主人公だという説があります。
働き者である翁に、天が褒美として、しばしの間、貸し与えた「かぐや姫」
その姫を翁は大切に育てますが、「大切」が次第にエスカレートし、
モンスターペアレントのようになってしまい、
かぐや姫の意思を汲むどころか、翁の独善的価値を押しつけます。
姫は、そんなことを望んでいるのではないと悲しみ、
思わず「月に帰りたい」と禁断の言葉を口にしてしまうのです。
そして、姫を月の世界、遠く手の届かない世界に連れ去られて、
はじめて、本当に大切なことは何であったのかを知る。
気が付いたときにはすでに遅く、翁の傷心のうちに物語は終わります。

翁の愛情は偽らざるものだったのでしょうが、
自らが正しいと信ずるものが、他者にとって必ずしも正解ではない。
他者に施す時には細心の注意がいるということなのでしょう。
それを不用意に押しつけてしまう罪は、
それまで注いだ愛情や、築き上げてきた信頼を瞬時に失ってしまう。
そんな罰となって自らにふりかかってくるのです。
これは、戒めの物語りでもあるのかもしれません。
「月を見るたびに涙する翁」のようにならぬようにと。
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by mooriyan | 2014-03-09 07:31 | mooriyan