STUDIO LUMIERE  

「評論」はやはり難しいものです。

皆さんの、「写真についてのひと言」を紹介してみたいと思います。
(一部、森谷による加筆、改変、要約があります。自らの意図と大きな差異がある場合は修正させていただきますので、遠慮なくご指摘ください。)

アラーキーの写真を見て。
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301107 Fさん
写真は一瞬を切り取るもの。そして、人それぞれの見え方は違うものである。同じ一人の人間ですら、幼い頃と今、現在では、同じモノを目の前にしたときに見え方が違う。違うからこそ、人の死や子供の姿、様々な対象を切り取ることに意味があるように思える。写真が内包する思いや、感情を100%共有することを強いるのではなく、まずは「その時が、その人が存在した。」という事実を残すために。

近年、写真は本当に手軽なものとなり、深く考える以前に写真のみが出現する。その、言わば無責任な写真が様々な問題をひきおこし、写真すべてが悪く思われてしまう事が気にかかるが、玉石混交、過渡期の試練として、各自がクリエイティブに創りつづけていってほしいと思う。

私の尊敬する写真家が「インプットして蓄えたものを、アウトプットする時には必ず劣化してしまう。だからこそ、自分の中で基準を高く持って、観る人に最高のモノを見せたい。」と話してくれた。眼を見張るほど高性能な機材、驚くべき技術の進歩を目の前にして、それらに甘えるのではなく、自分らしく撮ることを大切にできたらと考える。


301083 Mさん
「死」は人生最後の「道」です。誰しもが避けて通ることのできない道。
ある日突然、大好きな人がいなくなってしまう。でも、「悲しい」というだけではないと思うのです。
人生の最後に最愛の人が自分を撮ってくれる。最愛の人の最期を撮ってあげられる。
むしろ、穏やかで幸せなものを感じます。死は互いにとっての新しい出発なのではないでしょうか。


301100 Lさん
陽子さんは、とても穏やかで優しそうな人に見えます。
きっと幸せだったんだな…そう思います。
「死」という人として避けられないことを真正面からとらえ、
向き合う。そうした考え方はあってもいいと思います。




自らの写真へのコメントとして。
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301067 Cさん
目の前の真っ暗な闇が次第に明るくなり、群雲の間から一筋の光が差してきました。
新たな一日のはじまりです。私の心の中にも光が差し込んできました。
闇夜にさす光は、希望。希望は新たなる人生のエネルギー。

私は闇の中で、もがいていました。
そこから抜け出す為に、「富士山に登ってみよう。」そう思いました。
いま、目の前のこの景色。このように光あふれる世界へ。
闇夜に別れを告げ、光のさす方へと歩き始めたのです。

新たなる一歩のために、闇夜に打つピリオドとして、この写真を撮りました。




301027Kさんの作品を見て。
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301022 Kさん
「後姿の男」の存在感。背後からでは、いったい何をしているのか分かりません。
見えないことがこの作品を一番印象深くしているのだと思います。
この人は、なぜ独りここにいるのか、何をしに来たのか、何を考えているのか。
見る側にそのあたりを想像させ、様々なストーリーを連想させてくれるのです。
周囲を暗くすることで人物の孤独感が強調され、
まるで、この世に唯一人の存在であるかのような感覚につつまれるのです。
私は、このような写真がとても好きで、見ていると心が落ち着き、
いつまでも飽きることなく眺めていられるのです。
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by mooriyan | 2015-07-23 21:53 | mooriyan