STUDIO LUMIERE  

「 スペシャルゲストdesire_sanさん 」

コメントをいただいたdesire_sanさんのブログがたいへん興味深いものでした。
そこで、私のブログに転載をお許しいただき、
お粗末ながらコメントを挟ませていただきました。
将に、ひと様のふんどしをお借りすることになりますが、
私の恥よりも皆さんの写真に対する理解を優先したく思います。
キャパに関する情報を補っていただきたく思います。
あわせて、desire_sanさんの「芸術作品としての写真」に関する
所見を、ぜひ参考にしていただければとおもいます。



戦場に生きる人々を芸術として記録した天才写真家

ロバート・キャパ
Robert Capa
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戦場写真の神様的存在である報道写真家ロバート・キャパの写真のほぼ全貌を展示した「ゲルダ・タロー、ロバート・キャパ、二人の写真家」が横浜美術館で開催されていましたので久しぶりにロバート・キャパの写真を見てきました。


ロバート・キャパの本名はエンドレ・フリーマン、ロバート・キャパという名はペンネーム(カメラ・ネーム)でブランド名でした。彼がアメリカに帰したとき正式にロバート・キャパと登録されました。

Robert Capa (real name André Friedmann) was born in 1913 in Budapest, Hungary. From 1930’s until his death in 1954, he traveled the world as a photojournalist, capturing the events of wars and people’s lives in many locations.
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最初に世に知られることになった写真は、1932年スターリンによってソ連を追放されたトロッキーがデンマークで行った演説の写真が展示されていました。迫力あるトロッキーの表情を収めた彼の写真は現像の時はついた水滴が残り、この水滴がトロッキーの演説に対する聴衆のざわめきを表現しています。
mooriyan: フィルム時代初期の報道機関の暗室作業には、けっこう乱暴な作業が多く、
一秒でも早く写真にするために、現像が終わったばかりのフィルムを濡れたまま引き伸ばし機にセットしてしまうことがあったようです。ちょっと気の利く暗室マンはフィルムにグリセリンを塗ったりしたそうですが、いずれにしろ乱暴な感じは否めません
それが写真作品の臨場感をひきたたせたりするのはなんとも面白いことです。
後に撮られたノルマンディーの一連のレポートも
乾燥に失敗し、フィルムを変形させたことがかえって躍動感を生むことになりました。
話は少々脱線しますが、フィルムの破損がそのまま作品の一部になった
アンリ・カルティエ・ブレッソンの「 Seville 1933(路地で遊ぶ子供たちの写真) 」
なども面白い例だと思います。
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画面右下の、一見ひび割れにみえるのがフィルムの破損部分です。
展示、出版にあたっては、修正されていることもあり、いろいろと興味深いです。


In the five wars he covered during a career of more than 20 years, he risked his life to take a large number of remarkable photographs. He also recorded the lives of ordinary people living in this troubled world, creating photographs that are filled with wit, passion, and deep empathy. Both the horrors of war and human warmth are given effective expression in Capa’s documentary photographs, which have a time-transcending appeal that is as strong today as ever.

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 ロバート・キャパは同じようにドイツから亡命してきたユダヤ人女性ゲルダ・ポホリレスと出会い、いっしょに仕事をするようになりました。彼女は秘書兼営業を担当、フリードマンが暗室で現像・焼き付けを担当する事務所を開設し、アメリカからやって来た有名カメラマンの「ロバート・キャパ」という架空の人物を表看板として活動を始めました。ロバート・キャパという架空の存在で写真の価値を上げようという作戦でした。すぐにバレましたが、彼はロバート・キャパという名前が気に入り、ついに本名としてしまいます)恋人だったゲルダは、彼からの結婚の申し込みを断りカメラマンとして一本立ちを目指すようになり、別行動をとるようになりますが1937年スペインからパリへと帰る途中交通事故で命を落としてしまいます。
mooriyan: キャパというクレジット。意気投合した若い2人には希望に満ち、
光り輝いて見えたことと思います。映画監督のフランク・キャプラとの混同をねらった、ちょっとしたいたずらもあったり?
でも最期までこのクレジットを愛したのは、やはりフリードマンが「男の子」だったからではないでしょうか? 
1937年、もし、命を落とすのがキャパの方だったら…ゲルダのさっぱりとした性格からすると…そんなことを思います。


 写真は、何を撮るか?どうやって撮るか?どう現像するか?などを撮影者が選択して行く中で、しだいに思想性が持ち込まれるようになり芸術となります。キャパの命がけで撮影した幾多の衝撃的な写真、同時にそのような激動の世界に生きる一般市民の姿に対するロバート・キャパの深い共感、一般市民への深い共感をもって捉えた人々の絵像はウィットと情感に富み、戦争の惨禍の鮮烈な表現との二面性によって形作られている写真は、画面の中に光と影のせめぎあいを演じます。それはもう写真というより優れた絵画の世界です。

 ロバート・キャパの写真が絵画的であるというもうひとつの理由は、大胆で完成度の高い画面構成です。ゲルダ・タローと一緒に活動していたころ似たような被写体を撮った写真を比べてみると分かります。ゲルダ・タローの写真はあくまで被写体に忠実で写真的です。一方ロバート・キャパの写真は、構図、人の配置、各々の人物の表情、光の陰影までその写真の主張に役割を演じており、無駄なもの、余計なものはほとんどありません。戦場で撮ったと思えないほど高い完成度の高い画面は驚くべきことです。
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 今回の展示にはあまり見られませんでしたが、ロバート・キャパの写真には、日本画のように空白を見事に活用した写真の傑作があります。画面の白い空白は戦場とは思えない静けさを演出します。戦場写真に限らず、古今の写真家で空白の白をここまで見事に写真画面に活かした写真家を知りません。もうそれは写真を超えた絵画芸術の世界です。
mooriyan: おっしゃるとおり、如何なる機材や技術を選ぼうと、最後はその人。
キャパのもって生まれた人柄、その後つちかわれた人間性、そうしたものが作品の
方向を決めてゆくのだと思います。フレーミングのお話ですが、こと写真においては
訓練や勉強などで身につけることは、なかなか困難で、こんなことを言ってしまうと
みもふたもなくなりますが、天性のものだと思います。私のような凡庸な写真家だと
少しでもそこに近づくべく、日頃から良い作品を見て、研究する(恩師の言葉の受け売りです)ことを心がけるのみです。


 被写体との距離とは、「物理的距離」だけではなく、「心理的距離」でもあるからだとキロバート・キャパは言っています。ロバート・キャパは、自分の命の危険をかえりみず、世界の暴力的物語とその中に生きる市民たちの愛を芸術に表現しました。 ロバート•キャパの写真への情熱は平和と戦争の耐え難い時間の恐怖と不確実性をフォトジャーナリストの感覚と芸術家の感性で表現しました。


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The Yokohama Museum of Art has acquired a collection of 193 Capa photographs, many of them donated by the photographer’s brother, Cornell Capa. It features his debut work, an image of Trotsky giving a speech in Copenhagen in 1932, and memorable war photographs such as the photo which well known as The Falling Soldier of 1936 from the Spanish Civil War and documentation of the 1944 D-Day landings in the World War Ⅱ. It also includes genre scenes taken on a trip to Japan during his later years and images captured in Indochina 1954 just before he was killed by an exploding landmine. The photographs are shown together with magazines and other media that spread his images throughout the world, providing an overview of Robert Capa’s life, work, and achievement as a photo journalist.
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 人間の感性とは、文化や芸術に対する以前に、「自然破壊」とともに自然や人と自分とのつながりを実感する力だと思います。感性豊かな人間とは、弱いもの、はかないものにも心を通わせ、周囲の人たちに共感しようとする包容力を持っている人だと思います。今の日本では、政治家、知識人、庶民に関係なく。国民全体の感性の欠落が危惧されますが、ロバート・キャパは世界の人類という広い視野でとらえた「自分たちの同胞」の中で自分をとらえ。それを写真に表現し続けた数少ない報道写真家でもありました。
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 戦場写真の神様的存在である報道写真家ロバート・キャパの名前を、一躍有名にした「崩れ落ちる兵士」と呼ばれるこの写真があります。ロバート・キャパがスペイン戦争時に共和国軍兵士が反乱軍の撃った銃弾に撃たれてまさに倒れようとしているシーンを収めたとされていました。銃弾で倒れ、死への落下の苦しみの瞬間の男、彼の銃は空中に飛んでいます。バート・キャパこの最も有名な写真は、当初も瀕死のスペイン兵士を偽造したと非難されました。 しかしこの写真は、戦争と死の普遍的なシンボルとしてロバート・キャパとともに生きつづけてきました。 それは今も輝き続けるロバート・キャパ伝説の一部です。

 最近、日本のノンフィクション作家で写真家の沢木耕太郎氏の執拗な調査によって、ロバート・キャパの研究結果を発表しました。それによると、撮影場所がコルトバ郊外のセロ・ムリアーノではなく、同郊外のエスペホであり、「崩れ落ちる兵士」は、本当は銃弾に撃たれてまさに倒れようとしているシーンを収めたものではなく、撮影者もャパ自身ではない可能性が極めて高いというものでした。沢木耕太郎氏の見解ではこの偽りの写真で、ロバート・キャパが一躍戦場写真家の英雄になった、この十字架がロバート・キャパを生死の境根のような戦場の最前線で写真を撮り続ける運命に追い込んだ、というものだと思います。写真の神様の真実に挑んだ沢木耕太郎氏のこの報告は、ロバート・キャパの印象を一変させるものかもしれません。

 しかし私は、芸術家は伝記で語られるものではなく、作品で語るべきものだと思います。ラファエロやカラヴァジョ、ピカソが世間の道徳を逸脱した人間であったからといって、彼らの作品のすばらしさに一点の曇りを与えるわけではありません。ロバート・キャパを世に出した世界的に有名な1枚の写真の真偽はどうであれ、ロバート・キャパが残した卓越した膨大な報道写真は、時代を超えて今日もなお世界中の人たちの心をとらえつづけています。
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mooriyan: 十字架は、キリストもしかりでしょうが背負わされたものではなく、
自らが進んで背負い込んだものだったのではないでしょうか。
「その十字架で救われる人たちがいるのなら、進んでひきうけよう。」
ただ、若きフリードマンはその重さを見誤ったかも知れません。
戦争の構造は巧妙かつ手汚く、想像を絶します。
良かれと思ったことが、都合の良い側にうまく利用されることもあります。
自分が何をしているのか分からなくなってしまうこともあったのではないでしょうか。
しかし、その時を写真に記録しておくこと自体が、たいへん大切なことだと思うのです。
後の世に、理屈抜きに「こんなことがあったのだ」そう肌身に感じることができる。
(報道)写真の役割の良い部分とは(逆に怖い部分でもありますが)
そうした極めて人間臭い部分に訴えかけられることではないかと考えます。
写真が芸術的なほどの作品であれば、それだけ訴える力も大きくなるでしょう。
キャパが背負った十字架は、作品の一枚一枚にも背負わされ、
それを見る私たちにも、手わたしてくる。
手にした十字架を、どのように捉え、生かすことができるのか、
そのことがとても大切なことのように思えます。

芸術家は伝記でなく作品で語るべきとの部分、実に感慨深いものがあります。
写真そのものが芸術であるのか否かは、撮る側の考え方、見る側の受け取り方によって、
自由に解釈して良いものと考えます。ただ、報道写真が報道写真としてあり続けるには、
やはり事実の裏付けが必要になってくるのだと思います。そうでないものは、
やはり報道、ジャーナリズムというカテゴリーではないところで、全く別な価値をもって評価されてゆくことになると思います。
報道写真という冠を捨て去っても、芸術として十分に存在しうるのであれば、それはそれで良いことだと思われます。
生身の人間は、なかなか神様仏様のようにはいかないもので、時に戒律などを自らに課してはみるものの、
そうしたものが必要になるくらい、非常識、不道徳、我がまま放題なのが人の本性なのかも知れません。
そんな困った人間をまるごと「愛おしい」とすますことができれば、伝記でも大いに語れるのでしょうが、
事はそう簡単には いかないようです。

最後に。
恥ずかしながら、私はキャパに関する詳しい資料をもちあわせず、
その多くは、私の学生時代の恩師でもあり、キャパの友人でもあった
写真家 三木淳(1919~1992)氏におうところです。
氏と、その友人たちの話を間接的にではありますが、耳にして、
畏れ多くも、その場に居あわせたような親近感を持っております。
当時の写真家たちの友情は「互いに命懸けで写真を撮る」という
キーワードにより、より強く深く結ばれていたのだと思います。

desire_sanさんありがとうございました。
色々と勉強になりました。今後ともよろしくお願いいたします。
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by mooriyan | 2013-02-11 19:53