STUDIO LUMIERE  

「 NHKスペシャル 世界一有名な戦場写真の謎 」を見て

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「 崩れ落ちる兵士 」 撮影ロバート・キャパ
セロムリアーノ近郊、コルドバ戦線、スペイン
1936年9月5日頃
資料:ロバートキャパ写真集 訳・解説 沢木耕太郎
    文藝春秋社 (1988年6月30日現のデータ)

先日、「NHKスペシャル 世界一有名な戦場写真の謎」で
ロバート・キャパの「崩れ落ちる兵士」の写真をめぐり
さまざまな検証がされていました。
この有名な写真が実際の戦闘の記録ではなく、演習中のものであり、
前後のカットがあることは周知のことと思っていました。
「NHKが、なぜいまさら?」と思ったのですが、
いままで知らなかった事実もあり、大変興味深いものでした。
いちばん心にとまったのは、
現代の科学技術をもって、詳細な分析と検証をした結果、
この写真を撮ったのは、キャパ本人ではなく、
当時、キャパのパートナーであったゲルダではなかったか?
と、沢木耕太郎さんが推測するくだりでした。
もし、事実であるなら、この写真はなぜ、ゲルダ・タローでなく
ロバート・キャパのクレジットで配信されたのでしょう。
キャパ(本名アンドレ・フリードマン)とゲルダ(本名ゲルタ・ポホイル)の生立ち、
そして、若く貧しい無名のカメラマンと、同じジャーナリストで年上の恋人ゲルダ。
当時の世界情勢も含め、さまざまな憶測がうかびます。

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ゲルダ・タロー 1937年、命を落とす年の写真。
資料:ウィキペディア

写真配信の翌年(1937年)、ゲルダはスペイン、ブルテネの戦場で命を落とします。
キャパの傷心がいかほどであったか。その後いくつもの戦線をレポートしながら、
1944年をむかえます。「ちょっとピンぼけ」で有名な、
あのノルマンディー上陸作戦のレポート。
銃弾が飛び交う戦場で姿勢を高くして、カメラをかまえることがどれだけ危険なことか、
しかも、最前線の兵士を正面に近いポジションから撮るために、
銃を撃ってくる兵士に背を向けてカメラをかまえる。
「殺してください」と言わんばかりです。
使命感やジャーナリスト魂だけで、そこまでできるものなのでしょうか?

戦場を渡り歩いたキャパは、いつでも素早く動けるようにと、
いつも身の周りのものはスーツケース一つにまとめていたといいます。
1954年、最期の地になってしまったベトナムへ発つ前、彼は日本にいました。
日本の友人に「やめたほうがいい…」そう助言されますが、
「ありがとう。でもいかないわけにはいかないんだ。」そう答えたといいます。
戦場に身をおき、写真を撮ることがイコール、
生きているということだったのかも知れません。

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「ロバート・キャパ」1954年東京 撮影 三木淳
資料:三木淳 写真集 LIFEのカメラ・アイ
   小学館 (1989年3月10日現のデータ)

ゲルダと二人で作り上げた、ロバート・キャパというクレジット。
アンドレ・フリードマンではなく、最期までローバート・キャパでありたかった。
「崩れ落ちる兵士」を捏造と言って片づけることは簡単でしょう。
キャパを嘘つきだと言う人がいるかも知れません。
ウソは良くないことです。たとえ、その嘘で誰かが傷つくことはないとしても、
正義へと導くための方便だったとしても。

私が伝え聞くキャパは、少々のいたずらっぽさと、
チャーミングで愛すべき人柄をあわせもつ素晴らしい写真家。
もし、この写真にまつわる嘘がキャパの陰の部分であるなら、
後の素晴らしい写真と数々のエピソードを引き立たせる、
少し苦いスパイスとして、記憶にとどめたいと思います。
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by mooriyan | 2013-02-05 09:12 | mooriyan